弔電の電報 その歴史
電報 弔電などを送る際に利用する電報。
その歴史は意外と知られていません。
今回は、そんな電報、電信の歴史を紹介したいと思います。
昭和14年の第二次欧州大戦の勃発に次いで、16年には遂に太平洋戦争へと突入。
全世界が戦時体制下に置かれるに至りました。
この間における日本経済は、逐年、戦時経済の色彩を強めていきます。
従って電信事業拡張に要する原資も陰に陽に軍需生産に吸収されるところとなり、13年度以降は毎年度計画へと規模が縮少されるに至りました。
一方、規則・制度の動きについてみると、恐慌から戦時への時代的背景、即ち国策的な要請に基く部分的な変遷にとどまり、大改正は行われていません。
東京・大阪間における写真電報の取扱開始(昭和5年8月)、貼附式和文印刷電信機の採用(昭和12年11月)、日満間(東京・新京)模写電信の開始(昭和18年12月)などがこの時代を代表する電信設備の進歩発展でした。
見のがし得ない重要事項としては、通信院の発足(昭和18年11月)がありました。