弔電の電報 その歴史 (3
みなさんも電報 弔電などを打つ際に電報を利用することがあると思います。
わたしたちの生活に欠かせない、そんな電信の歴史を紹介します。
電信事業にとって、それは重大な意義と期待があったのです。
しかし、これとても戦争への突入によって所期の目的どおりその進展をみるには至りませんでした。
経済恐慌、あるいは戦争などの社会情勢が電信事業の拡張改良を阻止する傾向をたどったことは再々に触れてきたところですが、逆に飛躍改善をもたらしたものに有無線の合併(昭和10年4月)があります。
合併の動機となったのは次の理由によるものでした。
当時、世界情勢は日増しに緊張の度を加えつつありました。
特に戦機を孕んだ国際情勢は外交を繁劇にし、かつ対外貿易をも促進し、対外電信は非常な重要性をおびるに至ります。
ところが有無線局間の中継方式に欠陥があって外国電報の国内経過時闇が長大に過ぎ、このことが社会的問題に発展していったのです。
ここにおいて有無線の有機的な連繋を強化し問題の処理を図ることとなり、有無線局合併が断行されたのでした。
この結果、当局は東京無線電信局を吸収し、対外電信の国際関門局としての機能を備え、内外を通じ大電信局を形成するに至ったのです。